カテゴリ:考えること。( 26 )

ハンバーグと餃子。

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本日のハンバーグ写真ではアリマセン。撮り忘れにて。

「今日の夕飯、何がいい?」と聞いたら、長女「ハンバーク!」次女「餃子!」と二つに意見がわかれた。
かたや、「ハンバーグは餃子より早くできる!おなかペコペコなんだからハンバーグがいい」と長女。
かたや、「餃子はみんなで包めるし、作るの楽しいし、やさいが食べられるもん」と次女。
両者一歩も譲らず・・・。

で、多数決をとることになった。
ハンバーグがいいひと!と手を上げたのは長女と三女。
ぎょーざの人!と手を上げたのが次女。
2:1で、ハンバーグの勝利!

「ぎょーざ!ぎょーざがいいのー!」と大泣きする次女に母が苛々しピシャリと一言(笑)。

「今日は多数決でハンバーグに決まったんだから、餃子にこだわってないでハンバーグのいいところを見つけなさい。ハンバーグだって一緒にこねたり、ハートにしたりしたら楽しいでしょ。ずーっと餃子のことばっかり考えてると、折角食べるハンバーグが美味しくなくなるよ!今日は、ハンバーグを楽しむべし!!」

ってなことを言ったらなんとなーく次女納得。楽しそうにハンバーグを作っていた。



ふと思ったのですが、民主主義ってこうあるのが理想なのかも。
相手の意見も聞き入れ、その意見の良い所を否定せずに認めて、
より美味しいハンバーグをみんなで作っていく。
餃子に固執していることは必ずしもみんなにとって良いこととも思えない。
結果、みんなが美味しいねって笑い合いながら食卓を囲むことが一番大切。
どうしても餃子があきらめられないなら、次の機会を待つ。
で、またみんなで話し合って、美味しい食卓を作っていく・・・。

ただね、ハンバーグ好きの人を意図的に集めて多数決取ったりするのはどうなの?
こういう状況下での民主主義をかざしてばっかりいるから、国民は納得できないのよね・・・などと皿洗いしながら考える日曜日なのでした。
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by mikttymama | 2012-09-17 00:51 | 考えること。 | Comments(0)

そこにある物語。

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あんざい果樹園
名前はもちろん知っていて、その隣にあるcafe in CAVEも、あの天然生活なんかで見ていたこともあったけど実は福島市が実家なのに行ったことがなかった。

「とっても美味しい果物と素敵なcafeがあるのよ」と噂を聞いていたんだけど、子どもがもうちょっと大きくなってから行こうと何故だか先送りしていた。


そこに、あたりまえのようにあるもんだと思っていたから。


"あんかじゅ"は、果物農家の二代目のおとうさんと、東京から嫁いだおかあさん、
三代目の息子さん二人とお嫁さんで営まれていた果樹園だった。
今、息子さん二人は、小さい孫を連れそれぞれ北海道と長野へ避難している。
それぞれの避難先で、また新しい「福島の種」を撒き、そこに根づいて芽吹こうとしていた。

おとうさんとおかあさんが作るあんかじゅの桃は、
工業製品ではないからもちろんその年の気候に左右されたりもする。
でも、味がいまひとつの年であっても、おとうさんは「今年はいまひとつ」と正直にお客さんに答える。

「果物の代金を頂く代わりに、みんなの果物を代表してまかせていただいて、
自然のご機嫌をうかがいながら育てている・・・素直で正直な農園でありたい」

それが、あんざい果樹園のみんなの願いだから。


だからおとうさんは、桃の木が放射能汚染されてしまった事実を正直にお客さんに伝えた。
去年は段ボールに、大きく「26ベクレルの桃です」と書いて、直売所に置いた。
あんざい果樹園の名前とおとうさんの顔が新聞にも載った。


今年の桃の木は、木の皮を剥いで高圧洗浄機にかけ、
一本一本除染した。
県のモニタリングだけでなく、自分たちの手で外部に計測に出し、
検出限界値・1Bq/kgにして測ってもらった。
結果はセシウム134・1.2Bq+137 1.5Bq=2.7Bq/kg。


木になる果樹は、セシウムを比較的吸収しやすいと言われているそうだ。
特に桃やさくらんぼ、ブルーベリー等。
除染の結果、これだけ下がった。梨やりんごは、さらに吸収しにくいから、
きっと0Bq/kgだね、とおとうさんが笑った。



こうした農家さんたちの真摯な努力が、この福島にはたくさんある。
今年のあんかじゅの直売所にも、放射能測定値の結果がきちんと表示してあった。
おとうさんは、お客さんに嘘をつかない。あんかじゅは、そういう果樹園だからだ。


私も母親だから、出来る限り0Bq/kgのものを子どもに与えたいと思っている。
一時期よりはかなり線量が低くなったのだけど、
福島に帰ってくると未だにどこか緊張してしまう。
娘たちが土を触るとドキッとする。

だけど、正直でおいしい桃は、心からありがたくいただきたいと思う。
あんかじゅのおとうさんとおかあさんの作ったものなら、そう思う。


私は、おかあさんにそっと聞いてみた。

「今年は、避難先にいるお孫さんに、桃を送ってあげるんですか?」

おかあさんは答えてくれた。

「去年はやっぱり考えて送らなかったけど、今年は送ってあげようと思っているの。」

おかあさんが嬉しそうに笑った。
あぁよかった。私は本当にほっとした。


自分たちの作った桃を、孫に食べさせてあげられなかった悲しみ。
自分の親が作った桃を、息子に食べさせてあげられなかった悲しみ。
自然と向き合い、自分たちの仕事を大切に生きてきた家族が、バラバラになってしまった。
夫婦二人になった今、おかあさんはごはんを作るのに張り合いがないと言った。


そこに、あたりまえのようにあった福島での生活は、
原発事故のせいでいとも簡単に奪われてしまった。


でも。


原発事故のおかげで、出会えたたくさんの"ひと"がいる。

息子たちが避難してずっと灯りの消えた隣の家には、
久しぶりに灯りが灯り、たくさんの人が集った。
誰かのためにごはんを作り、みんな一緒にワイワイ話しながら食卓を囲んだ。
おいしいね、って言ってもらえるのが、作る人の喜び。


福島産のたべものは、福島さんの食べ物なのです。
人が誰かのために作るものだから、美味しいのです。

食べる食べないは、ひとによるかもしれないけれど、
私は見つめていきたい。
あんざい果樹園の、おとうさんおかあさんみたいなひとたちを。
知ってほしいとおもうのです。ここにある、福島の今を。
そして、子どもたちに継いでゆきたい、未来の福島を。


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あんかじゅおかあさんとまりっぺ、次女・三女とともに。
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by mikttymama | 2012-08-17 12:44 | 考えること。 | Comments(26)

11。

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昨日で1年と4カ月。
11という数字が、たくさんの人に重くのしかかっていると思いきや、
人というのは日常の流れの中に入ればそのことも忘れる強さと残酷さを持っている。

今年の3.11まではたくさんの報道が流れていたように思う。
1年後の3.11が終わってからは、全く、殆ど、
震災などなかったことのようになっているこの現実に、
何だか腑に落ちない思いを抱えつつ、私も日常に入り込んでしまっていて。

ただ、昨日は、その3.11に離れていた夫が、
目を覚ますと隣にいて、おはようと挨拶を交わし、
私たちと一緒に朝ごはんを食べられたことが何よりの幸せだった。


この小さな幸せのために、私は今日も前を向く。
あの重さを忘れないよう、たまに後ろを振り返りながら。
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by mikttymama | 2012-07-12 08:56 | 考えること。 | Comments(4)

避難してる君へ。

最近専らfacebookで情報収集とリアルに交流する毎日で
本職(???)のレシピブログが疎かになってしまっている(悩)。

山形の避難生活、少しずつ進んでいます。

新しい場所を創ろうと、みんながいろいろ動いています。
その名も、「村山地区・ふくしま子ども未来広場」

どういう場所かざっくり言うと、
山形の中のりとる福島を創るってこと。
言ってみれば実家みたいなところ。
子育て中のお母さんたちが、たまーに美容院へ行くのに子どもを預けたり、
イベントや交流会が出来たり。
はたまた、ピアノをやめて避難してきたお子さんが、
安いお値段で避難ママにピアノを習えたり、
ハンドメイドが得意なママが、作品を販売するスペースがあったり。
併設されるカフェスペースには、福島の郷土料理が並んだり、
酪王のカフェオレや、ままどおるが置いてあったり!
なーんて、イメージばかりが膨らんでまだ全然決まっていないことだらけなのですが、
いろんなことが出来るように、スタッフみんなで頭を悩ませ中です。

明日もミーティング。細かいことが決まったら
こちらのブログでもお知らせいたします。

避難生活、賛否両論あれど、お母さんたちが元気になって欲しい。
そのことだけにチカラを注ぎたい。人を繫ぎたいなって思います。
福島から娘のお友達が山形に来てくれた時に一緒に過ごせるような
そんな場所であってほしいなぁ。

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こちらは、甘酒のスカッシュ。あんずジャムを入れてみました。



話しは変わりますが、
郡山のライブハウスCLUB#9の店長(2913)のブログ、ピラニア日記。
福島ロッカーズの方、と言えばわかっていただけるでしょうか。
(ちなみに、福島ロッカーズCDタイトル「希望の唄」は、
我らがSUNNY WRITER YOCOさんが書いてます)


4/17のブログタイトルは、「避難している君へ」

facebookでリンクを見つけ、そのフレーズに釘付けになり、読ませて頂きました。

http://ameblo.jp/moonvoice9/

こんな風に言ってくれる人がたくさんいるんだよなぁ…。
福島ってこういういいとこなんです。
避難した方以外にも、読んで頂ければ嬉しいなー。
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by mikttymama | 2012-04-18 00:57 | 考えること。 | Comments(0)

おばあちゃんの梅干し。

母方の祖母が、1月9日PM9:50分、94歳でこの世を去りました。
お盆とお正月、2回。就職してからはほとんど会えなかったけど
認知症で施設へ入ってからは何度か顔を見にゆきました。
もっと会っておけばよかったな。おばあちゃんにとって初孫だった私、
あんなに可愛がってもらったのに。
一緒に暮らしていた従姉妹のYちゃんとMちゃんは尚更。
後悔してもはじまりませんが、100歳まで生きて欲しかった。

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喪主である叔父が、
挨拶で、おばあちゃんが漬けた梅干しの話をしていました。

毎朝おばあちゃんは、叔父のためにお茶を淹れる。
飲んでも飲まなくても、変わらずお茶を淹れ、そして自分の漬けた
自家製梅干しを出すんだそうです。
叔父が食べやすいよう、爪楊枝を刺し、叔父の取りやすい方向に向けて。

息子としては、そんな母親の愛情が、少々うざったい。
そして、「梅干しがしょっぱいから、もっと甘くつけろ。」
そんなことを言います。

次の年の梅干しは塩の比率を減らし、甘めに漬ける。
しかしながら塩が少ないとかびてしまうので、また次の年は塩辛い梅干しができる。
毎年、毎年、叔母は、そんなおばあちゃんの梅漬けを何も言わずに手伝いました。

おばあちゃんは、お茶と梅干しを変わらずに
朝、出勤する前の叔父に出し続けました。
施設に入ってからは、そのおばあちゃんの日課もなくなっていました。


おばあちゃんの遺品を整理していたら、茶封筒が出てきた。
その中には、たくさんの新聞の切り抜き。
何の切り抜きだったかと言えば、全部梅干しのレシピだったんだとか。
どうやったら叔父が納得いくような美味しい梅干しが漬けられるか、
一生懸命考えていたおばあちゃんの愛の歴史が、
その茶封筒には詰まっていました。
叔父は、涙をこらえながら、そのエピソードを教えてくれました。


母というものは、いつも家族が食べるもののことを考えています。
家族に何と言われようと、おいしいと食べてくれるまで試行錯誤を繰り返し、
そうして我が家のレシピが出来上がってゆきます。
お料理が得意な人も、苦手な人も、みーんな一緒。

母というものは、ごはんで家族へ愛情を日々伝えてくれる役割の人です。
私は、その当たり前のことを教えてもらった気がしました。
そして、食について危機的状況を迎えている今、
私は母として、もう一度しっかり考えなくてはと思いました。


大正・昭和・平成を生き抜き、戦争も体験したおばあちゃんの94年の歴史は、
私には想像もつかないほど大変なものだったと思いますが、
それでもその最期は家族に看取られ、穏やかな、穏やかな顔をして天国へ召されました。
幸せな、幸せな人生だったのではないかと思います。


おばあちゃん、母を産んでくれてありがとう。
おじいちゃんとおばあちゃんがいて、母がいて。
だから今、私がここにいます。
どんな時代になるのか想像がつかないけれど、
おばあちゃんにもらったこの大切な人生を
私なりに丁寧に生きてゆきたいと思いました。
それが、命をもらったおばあちゃんに対する、恩返しだと思って。

天国で、おじいちゃんと仲良くね。
今まで、本当にありがとう。
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by mikttymama | 2012-01-15 00:31 | 考えること。 | Comments(8)

2012年はじめ、私が生まれた場所で。

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毎年、年賀状がギリギリになる。
(ごめんなさい、今年も本日中にはお届けできませぬ)
今年は、今までお料理教室で出会った方全員に、年賀状を送る。
皆さんにたくさんの幸せがやってくるよう、願いをこめて一筆一筆書いた。


28日のNHK山形ニュースアイの生放送の中継に出させてもらったとき
少しだけマイクに向かってお話しする機会をいただいた。

「2011年はどんな年になりましたか?」
とアナウンサーの方に聞かれ、こう答えた。
「2011年は、"絆"という文字を強く意識させられた年でした。
1つは、山形との皆さんのキズナ。震災がなかったら出会えなかった
たくさんの方たちとの素晴らしいご縁に、どれだけ救われたか。
感謝の気持ちでいっぱいです。
もう1つは、福島でのキズナ。大切なコミュニティを断ち切られた人がたくさんいる。
夫や友人、親兄妹との価値観の違いから、避難をして心が離れてしまった人。
悲しいことですがそれも現実としてあった、という辛い一年だったように思います。」


「その、断ち切られたキズナを修復するためにどうしたらよいか、
お考えをお聞かせください」

「避難した人も、避難しないで福島にいる人も、
子どもを大切に思う気持ちは皆同じです。
心配していない親など誰もいないと思う。
福島県内では皆何らかの不安を抱えながら、日々放射能と戦っているんです。
近隣の山形でしかやれないこともあるのではないか。
福島県内にいて希望する人に週末保養をさせられるようなプロジェクトを
継続的にやっていていってほしい。
安心して子どもを外で遊ばせ、同時にお母さんお父さんも休ませて、ほっとさせてあげたい。
私たちは福島県内にいる親御さんと、いつだって手を繫ぎたいと思っている。
週末保養のお手伝いを私たちでやりたい。」



福島市での除染方法が、一歩進んだことを友人からの電話で知った。
頑張っている。戦っている。市民が除染しているのだ。
大切な友が、必死で動いている。夫も、除染に参加している。

福島人同士、去年はたくさんぶつかった。
いびつな石みたいな形をしていた私たちは、
たくさんの価値観と考えを必死でぶつけ、必死で生きて、駆け抜けてきた。
でも、気づいたら川辺を流れた石のように福島人同士いつの間にか
まるーくなっていて、価値観や考え方は違うけれど
それぞれの選択を認め合えるようになった。
だから、どんな選択をした人と話しても苦しくなくなった。
まるーく、まるーくなれたから。


私は、今日から自尊心を捨てようと思います。
手を繫ぎ、少しでも故郷が前に進めるように。
ひとつになって、きちんと怒っていることを、
言うべきところに言っていこう。

みなさんに、たくさんたくさんHAPPYが訪れる一年になりますように!

(福島市の実家で、TBS朝まで生テレビを見ながら書く)
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by mikttymama | 2012-01-01 04:09 | 考えること。 | Comments(2)

福島のこれから。

先日、11/29、郡山市議会議員のへびいし郁子さんと滝田はるなさんが、
山形市避難者交流支援センターを訪れてくださり、福島県中通地区からの自主避難者の
お母さんたちと懇談会をしました。


東日本大震災:往復バス運行など要望 福島からの避難者懇談会 /山形
http://mainichi.jp/area/yamagata/news/20111130ddlk06040054000c.html
毎日.jp

山形自主避難母の会という名前で約100人くらいの市民団体が自然に出来て、
私がそちらのまとめ役をさせていただき、
新潟にある「ふくしま新潟県内避難者の会」と連名で
福島県知事と郡山市長宛てに
「なぜ福島の人口流出がとまらないのか」
その理由を元に緊急要望書を提出しました。
署名はたったの5日間で357名分にのぼりました。


要望の内容については次の通りです。

1.避難先での乳幼児医療と予防接種についての負担軽減措置。
2.避難先への住民票移動を不要とする避難者専用託児施設の設置。
3.避難先へ通う夫の負担軽減措置として避難先への往復バス便の開設。
4.二重生活に伴う増加費用を賄える程度の避難先での緊急雇用対策。
5.潜在的県外避難希望者への助成金制度の導入。


1、2については、住民票を移動しないで避難しているがために受けられない
当たり前の制度です。国が指定した避難区域内ではこうした不具合は解消されています。
4については、東電への補償の話ではなくて、
母子での自主避難生活を支えるための自立支援をしてくださいという内容。
3、5については、仕事など様々な事情があって避難できない夫や親子のために、
バスを運行して隣県である新潟や山形に週末だけ保養をしに来て、日頃の疲れを取り、
そして子どもを外で遊ばせ、避難している友人たちと交流を図るという趣旨のもの。
毎日新聞さんの内容は、自主避難者の心労の部分をクローズアップしておりますが、
私も、こちらにいるお母さんたちも、避難できない人や避難を選択しないお友達や
兄妹の子どもさんの線量を少しでも下げるための対策を考えていて、
この二つを要望するに至りました。
あるお母さんは、福島に残る、避難したくても経済的理由で決断できない
お友達の話を泣きながら訴えていました。

どれもこれも、必要最低限のことであると私は認識しています。
ここが解消できれば、住民票を福島県へ置いたままにして一時避難するという形が取れ、
子どもたちの避難を望む声と福島の税収維持という
どう考えても逆行する部分に何とか妥協点を見いだせるのではと考えました。

へびいし市議と滝田市議は、お母さんの話を時には涙を見せながらたくさん聞いてくださり、
山形から福島へ戻るその足で福島県庁、そして郡山市へ足を運び、
私たちの要望書を届けてくださいました。


そして、昨日12/1。
高速道路の無料化の制度がこのように変わります。

東日本大震災:高速無料新制度 被災地-避難先の適用なしhttp://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111201k0000m040122000c.html
毎日.jp


週末通うお父さんが多い山形では、土日は関係なくどこでもだれでも無料になります。
避難者支援策、というのがわかりにくいんですが、
平日は被災3県と青森県・茨城県の一部が無料。山形に避難しているという証明があれば、
その書類を提示すると山形道も無料になります。
ただ、なるべく子どもたちと会いたいパパさんは、金曜日の夜に山形へ来て
月曜日の朝、福島へ戻るので、一部有料となります。
山形道なら笹谷インターから山形蔵王までの1区間のみですが、
福島から東北、ならまだいいのですが、
新潟、関東圏やもっと遠くに避難している方はどうなるのでしょう。
そして、子どもを外で遊ばせるために遠出している、
福島県内の方はどうするんでしょう。
平日休みのパパだってたくさんいらっしゃいます。
新潟や、山形へ行きたい方もいるのじゃないかと。
とってもわかりにくいし、福島の人間がどういった生活形態なのか
全く考えられていない制度なのではないかと思いました。
そして、書いててもわからなくなってくるほど複雑でわかりにくい。

この制度は、遠くから石巻や気仙沼などへいらっしゃるボランティアの方たちの
足止めをすることにもなります。
平日だって、ボランティアが必要でしょうしねぇ…。



そして極めつけはこれ。
昨日行われた、山形県の復興会議で、県の担当者から発表がありました。
(まだ、正式発表ではないけれども、そういう動きがあるそうです。)
東日本大震災:借り上げ住宅制度、福島県「募集停止を」 各自治体に要請
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111202dde041040008000c.html
毎日.jp

私たち自主避難者は今、原則1年、最長2年という
災害救助法の「仮設住宅」の居住に準ずる形で
山形県が提供してくれた借上げ住宅に住んでいます。
水道光熱費は自分持ちですが、住宅の費用は無料です。
山形県がこの制度を自主避難者向けに対応してくださったのが
6/15。この制度をHPで見つけ、私は隣県である山形県への
避難を考えることができました。

中手聖一さんが仰る通り、年度末、進学や学年が変わると同時に
避難を検討している人もいると思います。

除染が済んで、安心な環境になったのなら別ですが、
郡山市を例に取れば除染を行っているのは
子や孫を何とかして被ばくから守ろうと考える市民です。
除染のプロでもなく、除染の講習会すら自治体はやってくれない。
町内会や各学校のPTAに丸投げです。
福島県は何を言うのかと言えば、
「除染を進める各団体には、50万円の補助を出します」
それでおしまいです。
そのお金で高圧洗浄機や雨合羽、ビニール袋等を買い、市民に除染をしてくれと。

郡山市内のホットスポットにある小学校では毎週除染活動が行われています。
若いお父さんお母さんが、子どもの為に必死で除染している。
そして、とても、とても疲れています。
うちの夫も、例外ではありません。
福島に残る人だって、心から安心して暮らせないと思っているからこそ
少しでもよい環境を、自分の子どもたちに与えてあげたいからこそ
避難した自分の子どもと妻と、また福島で一日も早く暮らしたいからこそ、
そして自治体の対応を待てど待てど何もしてくれなかったから
今こうして自分たちの手で除染しているのですよ。


あまりにも、あまりにもひどい。
借上げ住宅を打ち切りにするという福島県側の言い分はこうです。

・福島第一原子力発電所は年内の冷温停止が見込める段階に入ったこと。
・除染計画がある程度整いつつあるということ。 ・・・・などなど。

本当にそうでしょうか。
原子力発電所からの放射性物質は、爆発当初よりはごくわずかかもしれませんが
毎日かなりの量がまだまだ出ています。
除染は、市民がやっとはじめたところです。
子どもが外で遊んでいるか?まだ遊べない。
屋内で遊べる施設が次々に出来、
毎年恒例だった芋ほりが出来ないから、
土と一緒に箱に入れたさつま芋を他県から送ってもらって
子どもたちが屋内で掘っている…。
給食はどうか…。みんなみんな、悩んで悩んで、
出来る限りのことをやっていると思う。
子を持つ親ならば、いや、これから子どもが欲しい人だって、
福島県民なら悩んでない人なんて、気にしてない人なんて、
ほとんどいないのではと思います。


何故避難しないのか理解できないという方もいらっしゃるかもしれませんが、
補償が何もなく、先が見えない状態で避難することも、
たくさんのリスクを背負います。
私は自主避難を選択していますが、
それでも安易に、避難した方がいいとは言えない部分もあります。
ここにきているお母さんや福島に残るお父さんも、
たくさんたくさん辛い思いをしている現状があるからです。
何の制度も整っていないまま経済的にも精神的にも厳しい母子での二重生活は、
相当な覚悟がないと継続できないものだからです。
だからこそ、はじめに来た福島の人間が動いて、次に来た誰かが
避難生活を送りやすい環境を作るのが一番いいのではと思っていますが。

なぜ、12月になって、県が突然借上げを打ち切らなくちゃならないのか。
春先に向けて避難を考えていた人はどうするのか。
今後の除染活動で疲弊した市民が、「一旦外に出て、子どもと休みたい」
そう思った時は、借り上げ住宅すらない。
どうしてこんなことを「福島県」の「災害対策本部」が
各地方自治体にわざわざ要請する必要があるのか、わけがわかりません。

避難しないことを自分の意志で決めたのなら、それはそれでいいと思います。
でも、選択の余地はやっぱり必要だと思う。
逃げ道がなければ、辛くなる一方だと思うのです。
借り上げ住宅は国の予算から出ているものであり、
福島県が払っているものではないのです。なのになぜ?
「これ以上年度末に人口が流出しないように」
との、浅はかな考えが見え見えで本当に腹が立ちました。


「避難したいと望む人すら、何とか足止めしたい福島県」は、
他の自治体や世界中からどんなふうに見られるのでしょう。
我が故郷の大切な未来が、一握りの誰かによって勝手に決められていく
この状態が、心から悲しい。

私の大切な故郷はどこへ向かうのでしょう。
未来の福島を担う子どもたちを持つ若い世代が今、県政に希望を持てなくなったら、
今、こうして大切なことを簡単に決めている人たちはどうするつもりなのでしょうか。

私はイヤだ。どうせ復興するなら、もっと素敵な福島にしたい。
私がそうであるように、私の娘たちが、ここが故郷で良かったと思えるような。

何十年先になろうと、あきらめんぞー!
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by mikttymama | 2011-12-03 02:30 | 考えること。 | Comments(36)

浜・中・会津。

随分と更新が滞っておりました、スミマセン。
米沢、mama's Linkわたぼうしさん主催のお料理教室をしたり、
山形創造NPO支援ネットワークさん後援で親子ピラティス教室をしたり、
福島で、12月のイベントの打ち合わせをしたりと怒涛の日々を送っておりました。
その間にも、山形のアパートには嬉しいお届け物が。

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いわき市・ゼリーのイエさんから、キラキラとまぶしいゼリーの詰め合わせ。
ムスメたちは大喜びでどれにするかワイワイ大騒ぎしておりました。
Sさん!ありがとうございました!


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そして、その次の日。Aさん!ありがとうございます!
今度は会津から、おいしい贈り物。安心して食べられます。

福島が横長で本当に良かったと思います。
私の故郷は、まだ汚染度の低い、美しい場所もたくさん残っています。
東日本はほぼ全域が汚染され、ホットスポットと呼ばれる場所が点在している。
それは避難先の山形であっても避けられません。
でも、私の家がある郡山市だって、好きで汚染されたわけではありません。
住んでいる福島人、作っている福島人が悪いのではないということ、
もう一度日本人として、自分のこととして考えてもらえたらと。
お米のこと、ひとつの事象だけ捉えて、
福島全てが汚染されていると決めつけないで欲しいなぁと心配しています。
そこにはたくさんの人が住み、
真面目にモノヅクリをしている人がたくさんいるのですから。

とある大女優さんが、
「福島の人、農作物を作らないで。放射性廃棄物にしか見えない。」
そんなことを言ったそうですが、福島人としてこれは許せませんよ。
誰が悪いのか、もう一度考えていただきたい。
実害の部分を補償したくないから、風評被害といい続けたことに
大きな責任があるのではないでしょうか。
苦しんでいるのは、民であり、公ではありません。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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11/10、県議会選挙の告示日でした。
いよいよ、福島がどういう形で復興に向かうのか、
生産者や観光業を営む人たちがどう対応してもらえて、
我慢を強いられ福島に住む人たちがどう対応してもらえるか。
そして私たちのような避難者たちがどう対応してもらえるのか、
大きな転換を迫られている大きな一票になります。

不在者投票の用紙が本日届きました。
おひとりおひとりの政策をしっかり見極め、
あのような無責任で行動力のない県知事が出ないようにしたい。
もっとすばらしい福島にしてくれる人に投票したい。
こんなに真剣に選挙に向き合ったのは、生まれて初めてです。
自分の今までの、大人としてのいい加減さを反省しないとな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そうそう…最近レシピを書いておりませんので、
次回はりんごペクチンの作り方でもご紹介しようと思います。
我が家は最近、りんごペクチン入りのアップルティーをアイスにして
ムスメたちに飲ませています。
はやくでろでろ~セシウムめっ!




「ありがとうふくしまプロジェクト」。
子どもたちのおいしいの笑顔と、「いつもおいしいごはんをありがとう」
そんなお手紙・メッセージを、
農家さん、酪農家さん、漁師さんへお届けするプロジェクトです。

詳細はこちら→
ありふく専用アドレスはコチラhttp://ameblo.jp/mikttymama2/

この冊子を見てみたい!という方は、
■郡山市桑野3丁目13-13 めえぷるさん TEL 090-2952-0659
■会津若松市徒之町 ギャラリーひと粒さん TEL/FAX 0242-85-6658 
              E-mail hitotsubu2009@gmail.com
■いわき市小名浜 ゼリーのイエさん E-mail shop2009@zerry-house.com

へそれぞれ置いていただいてます。

お近くのお店に直接おいで頂くか、郵送等の場合はそれぞれのお店にお問い合わせくださいませ。生産者の方は無料、(配布していただける方はお申し出ください)一般の方の分は一冊250円、売り上げの全てを、ふくしま希望市場さんへ"土壌除染の資金"として寄付させていただきます。

現在JAすかがわ岩瀬はたけんぼさん(原本を飾っていただいてます♪)、
あいコープふくしまさん㈱ヨークベニマルさん郡山あおむしくらぶさん酪王牛乳さんから福島県酪連さんなどに預かっていただきました。

誰かのあったかい気持ちで、一人でも多くの方が笑顔になれることを、願って。


ふくしまのいまを知ってもらうために。
ぜひぜひ応援お願いします!


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by mikttymama | 2011-11-17 13:29 | 考えること。 | Comments(5)

ほっとしたかったんだぜ。

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山形の借り上げアパートで、テレメンタリー2011を見た。
録画機能のない我が家は、リアルタイムで見るしかなくて、
夜中まで起きていた。

避難している自分と、避難せずに残っているお友達のお友達。
テレビという媒体を通して客観視した時に、福島人として応援したくなったのは
やっぱり福島に残っている方だった。
福島から離れて暮らす自分を見た時、やっぱり違和感を覚えた。
いや、違和感というか、裏切り者みたいな罪悪感。

その現実を画面を通してまざまざと突き付けられたとき、
なんともいえない悲しさでいっぱいになった。
夜中だからと思って思わず、ぼそっとTwitterでつぶやく。

山形で福島の支援をしてくれている方、
会津にいて、避難してきた方を支援してくれている方。
夜中なのに「違う、そうじゃない」と言ってくれた。
一生懸命言葉を選びながら、たくさんのあったかいコトバをくれた。

郡山にいる仲間が、罪悪感なんて持つ必要がないって、
そう、言葉に出して言ってくれた。
あんまり頑張り過ぎるなよ、そう言ってくれた。



あぁ、わたし、疲れてたんだな。
疲れてると、ネガティブになっちゃうもんね。



あの日から8カ月。
休まずずーっと走ってきた気がする。
息切れしたことに気づいても、「子どものため、ここで踏ん張らなくてどーする!」って。
いや、自分。そんなに立派なヤツだったか?
つい先日、母親として9歳になったばかりじゃないか。
自然エネルギーや脱原発、もちろん私はもう原発とは相容れないカラダになったけど、
政治のことや大人の利権なんて評論家や専門家じゃあるまいし、
難しいことはわからんちんなのだ。


でも、ここで母は倒れるわけにはいかないのだ。


そろそろ、いいじゃないか。
そろそろ充電しないと、電源切れで通話できない携帯みたいになっちゃう。
休もうじゃないか。頑張ってきたんだから。
堂々と休もう。まだ9歳の未熟なおかあちゃんだもの。
頑張ることない。もう、いいじゃない。
休んだら、今よりきっと、前に進めそうだから。



9歳の娘が、「ママ、今日は休んでていいよ。みーがごはん作るから。」
そう言って作ってくれた本日の夕ごはん。

・出汁巻卵
・白菜と大根のお味噌汁
・キャベツと玉葱のチーズ焼き

ふと、フライパンに目をやると、レタスがしんなりチーズ焼きになっている。
「これ、レタスだよ。キャベツじゃないよ?」とムスメに言うと、
「え?そうだっけ?でも美味しいからいいじゃん」と(笑)。
ムスメに作ってもらったごはんを食べたら、心も体も思いっきり満たされた。


洗い物をしながら、齋藤和義の「ずっと好きだったんだぜ」の替え歌の替え歌。


「ほっとしたかったんだぜ~♪
 ずっと疲れてたんだぜ~♪(こっちのがいーかな?笑)
 癒されたかったんだぜ~♪」



あー、いい一日だった。
今日も、生かされているなぁ。
みんなにとって、明日は今日よりほっとできていますように。


休んでね、福島人。
そして、怖がらずに愚痴ってね、みんな。


テレメンタリー2011
母親たちの選択~放射線に引き裂かれた暮らし~

動画は@save_childさんのサイトへ。コチラからどうぞ↓
http://savechild.net/archives/11729.html
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by mikttymama | 2011-11-07 23:09 | 考えること。 | Comments(31)

福島人支援。

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めまぐるしく時間は過ぎて行く。
書きたいことはたくさんあれど、
最近は言葉にならない。

私は、原発事故以降、ニュースか娘たちの見ているアニメやドラマしか見られなくなった。
バラエティー番組を見ているとなんだか違和感がありすぎて、空しさが募るから。
雑誌も見られなくなった。
夢のようなその雑誌の中の暮らしに、今とのギャップを感じ、現実味を感じないから。


福島の自宅に帰って、友達に会う。仕事をする。
ここに根っこがあるなって、やっぱり思う。
東北道を山形に向けて走り、カーオーディオからふくしまFMの電波が届かなくなると
なんでこんなことやってんだろうな、と毎回悲しくなる。

山形の借り上げアパートに帰って、娘たちの様子を見る。
生きていて、こうして笑ってくれることが、幸せだと思う。
外で遊ぶ姿を見るたび、福島にいる友達とその子供たちのこと、
そして福島に残り仕事をしている夫のことを考え、
なんでこんなことに、ってやっぱり思う。

福島で誰かに会う。
みんなから元気をもらう。反面、行き場のない辛い気持ちも受け取ってくる。
山形で福島の誰かに会う。
みんなが必死で生きている姿に、勇気をもらう。
反面、同じようにやりきれない悲しい気持ちも、受け取ってくる。


そして、全国通津浦々に散らばってしまった故郷の友が、どういう方向に進んでいても、
必ず前に進んでいるというこの紛れもない事実を、とてもとても誇らしく思う。
誰に会っても、立ち止まっている人などだれもいない。
みんな、それぞれに自分の置かれた立場で、懸命に前に進もうともがいている。
それがとても、誇らしい。
みんな、自分のできることを、ギリギリのラインでやろうとしている。


今の福島の、静かな怒りと郷土に対する深い愛。
世代など関係なく。

私はきっと、大切なコミュニティを分断されたことが最も悲しいのだ。
「原発事故と放射能汚染」という同じテーマの中ではあるのだけれども
周りとの温度差。食物の基準値に対する感じ方の違い。
原発事故さえなければ、夫と子供たちを引き離すこともなかっただろう。
元々、争うのがそんなに得意ではない福島人は、
笑いながらあきらめ半分で少しだけ怒った様子を見せる。
伝わらないってよく言われるんだけど、これは多分性分なんだよなぁ。



と、いうような話を、トマト鍋をつつきながらひたすらうんうん、と聞いてもらう。
聞いてもらうのって大事。これって多分、ものすごい福島人支援だと。
全国の皆さん、福島の人に会ったら聞いてあげてください、ぜひ。

その人が、どんな人生を歩み、どんな生活をし、どんなものが好きか、何が大切なのか。
そして、原発事故以降、どんなことに苦しみ、悩み、悲しんでいるか。
100人いたら、やっぱり100通りの人生があるから。
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by mikttymama | 2011-10-30 00:19 | 考えること。 | Comments(18)

福島の小さなお料理教室CookingStudio I-e(イーエ)のうちごはん。


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