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インフル旋風到来。

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ついに、我が家にもやってきました、インフル旋風。
誰がって、わ・た・し・が(笑)。
友人が食べ物やら薬やらをあれやこれや持ってきてくれたり、
福島から母が応援に駆け付けてくれ、
娘たちには何とか移らずにいてくれています、が。

大人がかかると酷い。いや、ほんとに、想像以上です、インフルエンザ。
皆様もお気を付けくださーい。ごほごほ。
本日3日目ですが、熱も下がりだいぶ声も出るようになりました^^
写真は本日母の作ってくれた朝ごはん。
すいとん汁、福島の味です。おいしかったー。



いくつか前の記事にたくさんのご意見を頂いております。
かつて日本人が経験したことのない、大変な非常時ですから、賛否両論あると思います。
そして、たくさんのお立場からのご意見のひとつひとつが貴重なものです。
立場が違えばそれを見て傷ついてしまう方もいるかもしれませんが
たくさんの方に支えられて今の生活が成り立っているのも事実ですから
私個人としては現実は現実のものとして受け止め、
それをひとつずつ解決してゆくことが現状打破への一番の近道であると考えます。
そんなわけですのでコメント欄を開けたままにしておきたいと思います。
少し話は飛びますが、芥川賞を受賞された、この方の記事を読み、
例えば匿名であっても、自由に意見を言える場所は必要なのだな、と感じました。
そして、そこからまたいいものが生まれることが多いのだな、とも。



そんでもって、ながーくなります。お時間のある方のみ、どうぞ^^;

避難者が今受けております支援の内容、そして情報等につきまして
ご存知の方も多いかと思いますが、いくつか誤解のないように書いておきたいと思います。

■まず、無償借り上げ住宅について。
これは、山形県内の物件を県の不動産協会等が仲介、リストとしてHP上に公開しています。
それを見て直接不動産会社に電話をして直接申し込み、借り上げが決まります。
私は締切が決まっていることもあり、急いでいたので見ないで物件を決めました。
借上げの資金を山形県が取りまとめ、福島県へ報告。福島県から国へ申請をし、助成金が交付されるという仕組みだそうです。原則として1年、延長は2年まで。
現在避難生活をしている方は避難区域内外に関わらず、ほとんどが福島に住宅ローンを抱えていたり、仕事を持つ夫を福島の家に残しての二重生活。
ですので、借上げ住宅の支援がない限り避難生活を選択することは困難です。福島県内の避難先は自主避難者に対しての借り上げ住宅は認めてくださっていません。
山形県内の借り上げ住宅は、山形県の税収で負担してくださっていると思っていらっしゃる方が以外と多いのですが、実は国庫負担、日本全国の皆さんの税金で負担して頂いています。


■ほとんどの方が母子避難。
妊娠中の方、乳幼児、幼児、小学生、中学生、高校生と、ほとんどの方は子供たちの
健康への影響を考えて避難してきています。仕事のあるご主人を福島へ残してきている
わけですから、逆単身赴任のようなものですが会社都合ではないため会社からの補助もない。
また、ご主人が働いてくださってはいますが、二重生活の資金は約10万円ほどかかります。
(夫と別々の光熱費・通信費・食費、燃料費、夫がこちらへ通う時の交通費、環境が変わり、
新たに購入せざるを得ない被服費・教材費・雑費など)
皆さん、学資保険まで使いながら貯蓄を切り崩して生活されています。
その中での医療費一時負担、風邪薬をもらうのに一回に1500円ほどかもしれません。
でも、その医療費は大切な避難先での生活費の一部です。
申請すれば戻ってくるものなのですが、その1500円をぐっとこらえて様子を見る、
そういうお母さんもいらっしゃいます。
1500円我慢すれば、家族何日かの食費になるからです。


医療費申請の問題に関しては、各市町村での窓口業務・処理業務の負担の問題も。
郡山市では、県外での医療費申請書類が増大しており、担当者の方々が遅くまで残業をして何とか処理しているところだそうです。
非常時なのに、平常時の申請方法のままとなっているため、このような無駄が生じている。
申請する側、それを処理する自治体側にとっても、改正すべき点のように思います。

■じゃ、働こう、そう思った時に山形県内の保育施設、待機児童の問題もあります。
働きたいけれど、いくら広域保育を認めて頂いたとしても、
元々住んでいる方よりも先に保育所に入所する、などということは、
やはりお世話になっている立場として配慮すべきことだと重々承知しております。
しかし、預け先がなくては、やはり働くことは困難です。
実家さえ、福島にある方、遠方の方が非常に多くいらっしゃるからです。
まず預けようと思っても、貯蓄を切り崩し、一時金が生活費に回っている状態では、
中々しんどいものがある。
子どもの年齢、人数によっては、保育料を支払うために
働いている状態になる方も数多くいらっしゃいます。
預け先の問題については、避難者同士で解決の糸口が見つかればいいと思っている所です。

双子ちゃんをお持ちのお母さん、福島に住んでいた時は市立幼稚園に通わせていて、
2人で1万2千円ほどの負担で済んでいました。ですが、私立となれば2人で5万円。
やっぱり通わせられない。5万円は大切な生活費だからです。


■避難者なのに、割と小奇麗な服装をしている人がいる
原発事故での避難者については、津波被害などにより家や家財を流されてしまった
被災者の方たちと異なり、家も、家財も残ったまま避難してきています。
ですので、衣類などは自宅から今まで使用していたものを引越し時に持ってきた方が
ほとんどなのではと思われます。
しかしながら、皆さんいつもきれいにはしてらっしゃいますが、
子どもさんのものは別として、個人差はあれどお母さん方が新たに
いろいろご自分のものを購入できたりするような経済状況であるようには思えません。
それぞれに工夫し、つつましい中での楽しみを見つけようとされている方たちばかりのように思います。
中には自営業の家へ嫁いだこともあり、福島へ通いながら仕事をこなし避難生活を送られている方もいらっしゃいます。
それでも交通費(新幹線代、ガソリン代)や雪道事故のリスクなどを考えると大変なものではないかと思われます。


福島にいたときには普通にできたこと。
幼稚園に通ったり、風邪をひいたら病院へ行ってお薬をもらったり。
温かいお湯が使えたり…。
そのくらいはできたらいいな、と思うのです。


福島の避難者を我儘とお感じになる地元住民の方もたくさんいらっしゃることでしょう。
地元とのバランス、郷に入りては郷に従え、という言葉もあります。
避難を選択した方はできるなら避難生活を継続させたいとお考えの方が殆どです。
また、これから避難を望む福島の仲間を手助けしたい、そして福島で頑張ってくれている
仲間たちを、何かサポートできないかと考えています。
そして皆、いつかは福島へ帰りたい。ですが、放射能汚染が消えるわけではなく
帰還しても健康被害への不安は消えません。
それは今、福島に残る人たちみんなが抱えている大きな問題です。
これは長期に渡り、消えることはありません。
人類史上、例を見ない事故。不安なまま、皆がそれぞれの道を選択し、
大きなリスクを抱えて生活しています。
そんな中でストレスが溜まり、普段のその方とは違う荒れ方をしている方も
中にはいらっしゃるかもしれません。
要望を出すときに地元の方とのバランスまで配慮できないことがたくさんあり、本当に申し訳なく思います。


先日、山形県議会議員の石黒覚先生と吉村和武先生にお会いする機会を頂きました。
その時に先生方が仰ってくださった言葉。
「与党とか野党とかという枠を超えて、避難者の方がお困りのことを
どうぞ率直にお話し下さい。
今回の放射能汚染の問題に関しては、福島、山形などの枠を超えた大きな問題です。
1000年に度の大地震があり、福島にあった原子力発電所が爆発し、
広大な大地が汚染された。山形は隣の県ではありますが、たまたまその被害を
免れただけで、福島の方たちをこれだけ受け入れることが出来た。
こういう事態が起こり、避難者を受け入れた時に行政レベルで何をどうすることが必要か、
災害マニュアルの策定をしておくことがこの時代に生まれた我々の使命であると思っています。ですから、遠慮なさらずに率直なご意見をお聞かせください。」


ありがたくて、ありがたくて、何と申し上げたらよいかわかりませんでした。
本来なら、福島県の県議さんにこのように言って頂きたかった。
「行政レベルで避難者のために出来る支援策はありませんか?
我々も皆さんと同じ福島県民です。官、民の枠を超えて、求めるべきところは
皆さんと一緒になって国と東電へ求め、今後の福島について考えて行きたい」と。

原発が54基もある小さな島国日本。
豊かな生活(本当に豊かだったかどうかは疑問だけれど)と引き換えに、
本当に大切な故郷を、人を、海を、大地を変えてしまったたった1か所の原子力発電所。
どうか福島だけの問題ではない、と捉えてはいただけないでしようか?

我儘かもしれませんが、福島の行政が避難者になかなか目を向けてくださらない今、
今少し、助けてくださいとお願いするしかありません。
山形の皆様。いつか必ず、私たちが自分の足で駆け出した時、恩返しさせてください。
余裕がない避難者の方も多く、嫌な思いをされることもあるかもしれません。
力のない自分が本当にいつも歯がゆいのですが、
少しでも光のある方向へ進めるよう、そして、元のうつくしい福島を取り戻せるよう
前を向いていきたいと思います。

そして、なるべく早く支援がなくても自立できるよう、福島の明るい未来を創りたい。
ヒューマニズムと地元愛。どちらも大切に生きていきたいのです。

私たちもできることからなるべく自分たちで努力しますので…。
どうぞ宜しくお願い致します。


長文、読んで頂きまして、感謝。
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by mikttymama | 2012-01-28 11:00 | Comments(32)

お母さん便。

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とある日、お母さん便みたいな段ボールが届いた。
スープの缶詰やら、つくだ煮やら、ムーミンのクッキーやら、
いろんなものの詰め合わせ。
その中に入っていたメインはブルーベリーマフィン4個。
次の日の朝、娘3人+私で美味しく頂きました。

ありがとう、ayumiさん。
気持ちがとってもおいしかったよ。
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by mikttymama | 2012-01-21 22:31 | こどもとスィーツ・パン*編 | Comments(0)

いちごみるく。

とちおとめを買いました。
贅沢にも、ブレンダーでがーっと潰して、
イチゴジャムを落として、ミルクを注いで。

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いちごは、ビタミンC補給には最適な果物。
ビタミンCは免疫力を高め、活性酸素をやっつけてくれます。
冬にみかんを食べるのは、風邪予防などのためにビタミンCを摂りたいから。

しっかりビタミンCを摂取しよう!果物を食べよう。
原発事故以来、そんなことばーーーっかり考えて娘たちに食べ物を与えてきましたが
お蔭さまで去年よりも風邪をひく回数が激減し、顔色がいい。
食べ物の持つ力ってすごいです。


いちごはこの寒い時期はハウス栽培。
原発事故以降も、ハウスいちごの汚染はほとんどありませんでした。
今のところ、OK!って確認しつついっぱい食べています。
何故って、ベリー類は汚染されやすいとベラルーシの本に書いてありましたから…。
大丈夫、安心してたべられます。


また、牛乳。
牛乳を子どもたちに飲ませたくない!というお母様がいるのは、
ストロンチウムの検査をやっていないからです。
本来なら、ちゃんと国がやるべきなんでしょうけども…。


こんなものを見つけました。
とてもわかりやすくて参考になりました。↓


「フードウォッチ・レポート」
トーマス・デルゼー、セバスチャン・プフルークバイル(ドイツ放射線防護協会)編
IPPNW(核戦争防止国際医師会議)ドイツ支部との共同作成

http://www.strahlentelex.de/calculated-fatalities_jp.pdf

ストロンチウム
ストロンチウム90は純粋なベータ線核種で、体内への摂取後に放射能毒性を示す。ストロ
ンチウム90は化学的性質がカルシウムに似ており、カルシウムと置き換わって骨に蓄積され
る。骨から造血器官、骨髄が被曝する。生物学的半減期が長いことから(数ヶ月から数年)、
放射性セシウムと異なってストロンチウムのほうが次第に濃縮されていくので、食品に含ま
れていた形跡がわずかだとわかっても、それに伴って危険性がかなり高まる。ストロンチウ
ムの放射線毒性が強いのは、崩壊エネルギーが同じであっても、公式に規定されたストロン
チウムの線量係数が放射性セシウムの線量係数よりも約10倍も高く設定されていることから
もわかる。ストロンチウム90崩壊時の粒子放射線エネルギーが特に骨髄を被曝させる。その
結果、造血障害、免疫性障害、白血病が起こる可能性がある5,7。


P26
チェルノブイリの降下物の場合は、セシウム137とセシウム134の割合は2:1だった。これ
まで日本で公表された測定結果によると、日本の降下物ではセシウム137とセシウム134が
ほぼ同じ割合になっている。ストロンチウム90とプルトニウム239の含有量についてははっき
りしておらず、十分な測定結果はすぐには入手できないと見られる。福島第一原発で使用さ
れていた混合酸化物(MOX)燃料集合体には他の核燃料よりも多くのプルトニウムが含まれ
ているが、すべてがすべて放出されているわけではない。ストロンチウムは過去の原発事故
では、事故施設近くに飛散しているだけで、事故原発から遠くはなれた地点では多くの場合
わずかな濃度でしか飛散していない54 。そのため以下では、日本では全体として放射性核種
の割合が以下のようになっているものとして計算する。
セシウム137 : セシウム134 : ストロンチウム90 : プルトニウム239 = 100:100:50:0,5


カルシウムと間違って取り込まれてしまうストロンチウムは、
どのくらい入っているかデータがないとやはり未知です。

確かにわからないんだから、お母さんたちが不安になるのもすごくわかる。
調べたらいいと思うんですがねぇ。

今のところ私は、セシウム134、137ともに1ベクレル以下の牛乳は
安全だと思って飲んでますし、子どもにも飲ませています。が。

そもそも、給食の牛乳は、成長期の子どもたちのカルシウム補給が目的なのだから、
不安に思われる方には放射性物質の移行率が
20%弱のチーズにするとかでもいいんじゃないかな。
成長期、カルシウムはしっかり摂らないといけないものね。

非常時なんだから、マニュアル通りじゃなくてもいいじゃなーい♪
そんなことより、ストロンチウムくん、行政がきちんと調べてくださいまし。
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by mikttymama | 2012-01-16 00:32 | Cafe風飲みもの*編 | Comments(0)

おばあちゃんの梅干し。

母方の祖母が、1月9日PM9:50分、94歳でこの世を去りました。
お盆とお正月、2回。就職してからはほとんど会えなかったけど
認知症で施設へ入ってからは何度か顔を見にゆきました。
もっと会っておけばよかったな。おばあちゃんにとって初孫だった私、
あんなに可愛がってもらったのに。
一緒に暮らしていた従姉妹のYちゃんとMちゃんは尚更。
後悔してもはじまりませんが、100歳まで生きて欲しかった。

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喪主である叔父が、
挨拶で、おばあちゃんが漬けた梅干しの話をしていました。

毎朝おばあちゃんは、叔父のためにお茶を淹れる。
飲んでも飲まなくても、変わらずお茶を淹れ、そして自分の漬けた
自家製梅干しを出すんだそうです。
叔父が食べやすいよう、爪楊枝を刺し、叔父の取りやすい方向に向けて。

息子としては、そんな母親の愛情が、少々うざったい。
そして、「梅干しがしょっぱいから、もっと甘くつけろ。」
そんなことを言います。

次の年の梅干しは塩の比率を減らし、甘めに漬ける。
しかしながら塩が少ないとかびてしまうので、また次の年は塩辛い梅干しができる。
毎年、毎年、叔母は、そんなおばあちゃんの梅漬けを何も言わずに手伝いました。

おばあちゃんは、お茶と梅干しを変わらずに
朝、出勤する前の叔父に出し続けました。
施設に入ってからは、そのおばあちゃんの日課もなくなっていました。


おばあちゃんの遺品を整理していたら、茶封筒が出てきた。
その中には、たくさんの新聞の切り抜き。
何の切り抜きだったかと言えば、全部梅干しのレシピだったんだとか。
どうやったら叔父が納得いくような美味しい梅干しが漬けられるか、
一生懸命考えていたおばあちゃんの愛の歴史が、
その茶封筒には詰まっていました。
叔父は、涙をこらえながら、そのエピソードを教えてくれました。


母というものは、いつも家族が食べるもののことを考えています。
家族に何と言われようと、おいしいと食べてくれるまで試行錯誤を繰り返し、
そうして我が家のレシピが出来上がってゆきます。
お料理が得意な人も、苦手な人も、みーんな一緒。

母というものは、ごはんで家族へ愛情を日々伝えてくれる役割の人です。
私は、その当たり前のことを教えてもらった気がしました。
そして、食について危機的状況を迎えている今、
私は母として、もう一度しっかり考えなくてはと思いました。


大正・昭和・平成を生き抜き、戦争も体験したおばあちゃんの94年の歴史は、
私には想像もつかないほど大変なものだったと思いますが、
それでもその最期は家族に看取られ、穏やかな、穏やかな顔をして天国へ召されました。
幸せな、幸せな人生だったのではないかと思います。


おばあちゃん、母を産んでくれてありがとう。
おじいちゃんとおばあちゃんがいて、母がいて。
だから今、私がここにいます。
どんな時代になるのか想像がつかないけれど、
おばあちゃんにもらったこの大切な人生を
私なりに丁寧に生きてゆきたいと思いました。
それが、命をもらったおばあちゃんに対する、恩返しだと思って。

天国で、おじいちゃんと仲良くね。
今まで、本当にありがとう。
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by mikttymama | 2012-01-15 00:31 | 考えること。 | Comments(8)

2012年、初レシピ。

あれ?なんか、写真が大きいな008.gif
今年になってのお初レシピです。
思えばお料理が本業だったというのに、何をやってるんだか、私。
でも一応作ってます。娘たちの顔色を見ながら、免疫力を上げる食事。
今まで以上に食に気をつかうようになったら、目の下のクマも消え、
ほとんど風邪をひいておりません。

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人参のローズマリーソテー。
愛媛で頂いてきたカズエさんちのローズマリーを洗って乾燥させ、
人参をEXオリーブオイルで炒めて、塩&ブラックペッパーで味付け。
お醤油を隠し味に。

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ずーっと使っているオイルは「オルチョサンニータ」。
会津の浅倉さんという方が輸入・販売されているもの。
メイククレンジングにも、このオイルを使用しています。

最近のお気に入りはこの「クレイジーソルト」。
味が決まりやすいので重宝しますよ~♪

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宇和島の3兄妹ママ、Nさんが送ってくれたカルシウムたっぷりの「じゃこ天」。
冷凍保存してあったものを細かく刻んでイタリア風チャーハンに。
ビタミン郡や鉄分がたっぷり含まれている栄養価たっぷりのパセリは
そのままだと食べにくいので、刻んだ後クッキングペーパーにくるみ
水にさらすと臭みが和らぎます。
こうすると、子どもたちも食べてくれる。
5分づき米+玄米を炊いたもの、じゃこ天、ねぎ、パセリを合わせ
EXオリーブオイルで炒め、クレイジーソルトで味付け。
ビタミンCの補給にはキウィ。

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郡山の自宅でのごはん。
夫のリクエストは「鶏の唐揚げ」。
なんとおろし金がなくて、生姜は急遽みじん切りで対応。
お醤油と郡山市田村町の仁井田本家さんの「旬味」で味付け。
仁井田さんのお酒、今年度産のお米は使っていないそうです。
もちろん、自然栽培米で作ったお酒で、アミノ酸が通常の8倍含まれています。


あとは、郡山市大槻町の、鈴木幸一さんの白菜と、山形のベーコン、
酪王牛乳で作った「白菜とベーコンのグラタン」。
トッピングの卵は、イセ食品の「健養卵」。ベニマルで購入。
ベーコンは一度塩漬けしてから燻製にするので、調味液の方に放射性物質が移行します。
白菜も、外葉を大目に剥いて、刻んでから塩水にさらして洗うとよいそう。
でも、鈴木さんのお野菜は安心して食べてますけど。
酪王牛乳はわざわざ九州にまで自主検査に出し1ベクレル以下/ℓまで測っています。
これまた安心して飲んでいます。


後はマンハッタンクラムチャウダー(トマト味のクラムチャウダーのこと)の中には
白菜(福島県郡山産)・玉葱(北海道産)・人参(熊本産)・冷凍のシーフードミックス(タイ産)、
にんにく(青森産)、ベーコン(山形産)、ホールトマト(イタリア産)など
たくさんのお野菜を入れました。

後はミネラル分、ヨード補給に「わかめごはん」。
瀬戸内海産の乾燥わかめを使いました。

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夫が久々に大絶賛していたのがこのレシピ。
「豚スペアリブの三五八&八丁味噌漬け」
三五八:水=1:1で混ぜ、瓶に入れて1日以上常温に置きます。
すりおろろしりんご1/2個、上で作った三五八大さじ2、八丁味噌大さじ2を
袋に入れ、スペアリブを漬けこみます。(スペアリブ約800gくらい作りました)
グリルオーブンに入れ、15分ほど焼いたら出来上がり。
柚子こしょうを加えてどうぞ。(塩麹・柚子・青唐辛子をお好みでまぜまぜ)

ちなみにお肉は「国産」ってしか書いてない…。
豚はよく、山形のヤマザワで「庄内産」と書いてある銘柄豚を買っています♪
鶏はブロイラーだから、まぁ大丈夫だと思って食べています。


きっと、ものすごーく気を使っている方にとっては
「えっ?!避難してまで福島産食べてるの?!」と言われそうな食卓ですが、
私は食べてます。やっぱり選んでますが。
あとは、もりもりおいしく食べて、入っちゃったものを追い出す食事を心がけています。
やっぱりごはんはおいしく食べたいもん。笑って食べたいもん。

あぁ、早くきちんと検査体制が整わないかなぁ。
ベラルーシが今出来ていることを、何で日本ができないのかしら。
200万弱の機械を購入して各給食センターに設置することくらい、
10か月もあったらできるはずなのにねぇ。
と、お母さんたち誰もが思っているんじゃないかと思います。

何なら、安い検査機を大量生産することも、日本の技術力があったら可能なんじゃ?!
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by mikttymama | 2012-01-11 01:14 | Comments(6)

農でいこうよ in 松山

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遅くなりましたが、昨年のイベントのご報告。
12/16、山形は雪。
終業式前の金曜日、山形空港より娘たちと飛行機に乗りました。
農でいこうよ」というイベントが、翌日あるということで、
ライブアースまつやまを主催してらっしゃる皆さんが呼んでくださったためです。

ひとつの目的は、今、精力的に全国を回り脱原発活動をされている
山本太郎さんにお会いすることでした。
3月末に、一時避難先から郡山へ戻り、ネットから情報をずっと取っていた毎日。
その中で見つけた、山本太郎さんのYoutube。

「福島の超高濃度汚染地域へお住いの皆さん。
どうか、今すぐ逃げてください。」


私はショックでした。あんまりショックで泣きました。
だって、そこに自分も娘も夫も両親も、住んでいる訳ですから。
逃げろと言われても、どうしろというのだ?と当時憤りさえ覚えました。
私は避難している身ですが、未だに絶対に避難するべきだとは思っていません。
避難したい人は避難する、残りたい人は残るという、
それぞれの選択の自由が与えられるべきだと思っています。

いや、もしかしたら、福島に住んでいなければ
太郎さんと同じことを自分も言ってたのかもしれないけど、
住んでいる人に対して絶対に避難すべきと言われるのは
今ある自分の価値観を全否定されたみたいな気持ちになるのです。
これは住んでないと多分、わからないかもしれないのだけど。
たくさんの矛盾を抱えながら、様々な場所で踏ん張っている仲間を、
福島が好きだからこそ離れられない、何とか復興させたいと
心から故郷を思う人たちをたくさん見ています。
親は避難させたいけれど、友達と一緒にいたいと泣く我が子を見、
福島に住み続けることを決めた人を見ているからです。

そして、自主避難を選択することも大きな問題が山積しています。
何もない中、自己責任で避難を選択することは
経済的、身体的、精神的負担があまりにも大きい。


だから私は、失礼を承知の上できちんとご本人にお会いして、
今の福島をお伝えしたかった。
太郎さんが、福島の子どもたちを助けたいと本気で思ってらっしゃるのならば、
福島人の気持ちに寄り添った言い方をしてほしいと。
今のままでは正しいことを進めていたとしても、
住んでいる人はストレートすぎる言葉はあまりにも辛すぎて、耳を塞いでしまう。
やり方はまどろっこしいかもしれないけれど、
私たちの県民性に合う言い方もあるではと。
時間はかかるかもしれないけれど、結果的に子どもたちに何事もなければ
それでいいんじゃないかと思ったからです。



太郎さんの答えは、こうでした。
誠実に、誠実に、ご自分の考えを話してくださいました。

「言ってることはわかるけど、それまで待てません。
もう9か月です。
こうしている間にも福島の子どもたちは被曝しつづけているわけですよね。
そして、僕自身も福島に入ることで被曝している。
もう、一刻の猶予もならない状態です。
目的は同じかもしれないけども、僕は、僕のやり方できちんとお伝えしないといけないから。」


太郎さんにお聞きしました。
「何故、こういった活動を始められたのですか。」
そして彼は、こう言いました。
「生きていたかったから。」


なるほど、仰る通り、目的は一緒なのだと思います。
私も生きていたいから、今動いています。
自分が生きていたいというよりは、娘たちに残してあげたいものがあって、
彼女たちが子を産み、育て、その当たり前のことをサポートするために
今を生きなくてはと思います。
彼女たちをサポートするということは、彼女たちのコミュニティも守りたい。
福島に住む、彼女たちのお友達みんなが、健康に大きくなってもらいたい。
ただそれだけ。

太郎さんが皆さんの前で言ってくださいました。

「方法論は違うけど目的は一緒です。彼女は彼女の方法で進み、
僕は僕の方法でやっていく。それぞれの場所でできることをやる。
それはそれでアリだと。」


山本太郎さん。テレビで見るのと全然変わらず、むしろそのまま。
真っ直ぐで正直な方でした。直接お話しできて、よかったと思いました。

関西のお友達曰く。
関西人から見ると、彼は大分遠慮して言葉を選んで話している。
福島の人から見たら、キツイ言い方に聞こえるかもしれへんけど…。
だから、関西弁でなくて標準語で伝えようとしてるでしょ?と。
おぉ、そうなんだー。ここでさらに、太郎さんの配慮を理解。



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途中、衆議院議員・前内閣官房長官の塩崎やすひさ先生も登場。
「福島県内の除染をはじめ自主避難に対しても
然るべき対策すべてを国がイニシアチブを取ってやっていく。」

ということを、その場で明言されました。
原発を国策として推進してきたのは自民党ですしね。
きちんと約束守っていただければ幸いです。



農でいこうよ、代表・徳永タカシさんのお店「FLOR」で打ち上げ。
絶品イタリアンに舌鼓しつつ、
私を呼んでくれた大ちゃんがこんなことを。

「僕はね、恋愛くらいは自由にさしてやりたいんです。
今、福島産の食べ物が全国的にダメーってなってるでしょ?
それとおんなじように、僕らの子どもが大きくなった時に
福島の人と結婚しちゃダメーってなっちゃうかもしれない。
その時、"福島の人だってちゃんと考えて、
こうやって空気や水のきれいな所に来て、
ちゃんとデトックスしとったから大丈夫!"って言いたいんです。
僕の息子と、中村さんちの娘さんが結婚したいってもしなった時、
こうやってちゃんと福島の子どもたちと向き合ってた僕らは
おぅ!結婚してええぞ!って親として迷いなく祝福してやれると思う。
だから、何か僕らにできることってないか。
いろいろ言う人もいっぱいいるけど、
息子たちの時代に自由に恋愛さしてあげたいから、
福島のこと何とかしたいんです。」


もう、何か、ものすごく嬉しくて、ただただ有難い気持ち。
福島のみんなに言わなくちゃって思った。
娘3人を持つ私は、大ちゃんが言っていた事が一番の心配事だったから。


考え方、価値観、伝え方。それぞれ違うかもしれない。
それは人それぞれで、曲げられない部分もあるかもしれない。
そんなのは当たり前なのです。人と人ですから。


今回の愛媛への旅でわかったことは、
行動している人はみんな本当に優しいんだなってこと。
誰かを思いやれば拾いきれない気持ちもあるかもしれないけれど、
いま何を"しているか"が最も大切なんだな、と教えていただきました。


最後に…太郎さんに、
福島のみんなは、日々か放射能との戦いで余裕がありません。
脱原発とか自然エネルギーとかそこまで全然ついていけないんです。
今更ですけど私もデモはでも…って感じでまだ抵抗ありますし…。」

そう言ったら

「でも、余裕できたらデモ参加してね!楽しいよ!」

って爽やかな笑顔で言われました(笑)。


愛媛には、こんな大きな"愛"がありました。
自分のこと以上に、ものすごーく心配してくれています、福島のこと。
あまりにも心配されすぎてびっくりすることもありましたけど、
福島ダメって思っているんじゃなくて、原発ダメ、放射能ダメって言ってるだけで
私たちのことは真剣に助けたいと思ってくださっているんだなーと。
改めて理解できました。

ありがとう、愛媛の皆さん。
松山、宇和島、今治、東温…それぞれの地に今回足を運ばなければわからなかった
人の優しさがたくさん、たくさんありました。
きっと矛盾しまくってるなこの人…とお思いの部分がたくさんあったでしょうに
そんな自分を、本当に温かく迎えて下さってありがとう。
いっぱい話を聞き、一緒に考えて下さってありがとう。泣いてくださってありがとう。
福島の人はそこまで可哀そうな人たちではないはずですよ。
現実と向き合うべきところは向き合って、ちゃんと前に進める部分も持ってると思います。
少なくとも、私が見てきた人たちはみんなそうだったから。
だから、これからの福島のこと、忘れないでくださいね。
どうぞよろしくお願いします。


■詳細は「農でいこうよblog」にて。
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by mikttymama | 2012-01-05 19:08 | ちょこっとおでかけ* | Comments(2)

2012年はじめ、私が生まれた場所で。

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毎年、年賀状がギリギリになる。
(ごめんなさい、今年も本日中にはお届けできませぬ)
今年は、今までお料理教室で出会った方全員に、年賀状を送る。
皆さんにたくさんの幸せがやってくるよう、願いをこめて一筆一筆書いた。


28日のNHK山形ニュースアイの生放送の中継に出させてもらったとき
少しだけマイクに向かってお話しする機会をいただいた。

「2011年はどんな年になりましたか?」
とアナウンサーの方に聞かれ、こう答えた。
「2011年は、"絆"という文字を強く意識させられた年でした。
1つは、山形との皆さんのキズナ。震災がなかったら出会えなかった
たくさんの方たちとの素晴らしいご縁に、どれだけ救われたか。
感謝の気持ちでいっぱいです。
もう1つは、福島でのキズナ。大切なコミュニティを断ち切られた人がたくさんいる。
夫や友人、親兄妹との価値観の違いから、避難をして心が離れてしまった人。
悲しいことですがそれも現実としてあった、という辛い一年だったように思います。」


「その、断ち切られたキズナを修復するためにどうしたらよいか、
お考えをお聞かせください」

「避難した人も、避難しないで福島にいる人も、
子どもを大切に思う気持ちは皆同じです。
心配していない親など誰もいないと思う。
福島県内では皆何らかの不安を抱えながら、日々放射能と戦っているんです。
近隣の山形でしかやれないこともあるのではないか。
福島県内にいて希望する人に週末保養をさせられるようなプロジェクトを
継続的にやっていていってほしい。
安心して子どもを外で遊ばせ、同時にお母さんお父さんも休ませて、ほっとさせてあげたい。
私たちは福島県内にいる親御さんと、いつだって手を繫ぎたいと思っている。
週末保養のお手伝いを私たちでやりたい。」



福島市での除染方法が、一歩進んだことを友人からの電話で知った。
頑張っている。戦っている。市民が除染しているのだ。
大切な友が、必死で動いている。夫も、除染に参加している。

福島人同士、去年はたくさんぶつかった。
いびつな石みたいな形をしていた私たちは、
たくさんの価値観と考えを必死でぶつけ、必死で生きて、駆け抜けてきた。
でも、気づいたら川辺を流れた石のように福島人同士いつの間にか
まるーくなっていて、価値観や考え方は違うけれど
それぞれの選択を認め合えるようになった。
だから、どんな選択をした人と話しても苦しくなくなった。
まるーく、まるーくなれたから。


私は、今日から自尊心を捨てようと思います。
手を繫ぎ、少しでも故郷が前に進めるように。
ひとつになって、きちんと怒っていることを、
言うべきところに言っていこう。

みなさんに、たくさんたくさんHAPPYが訪れる一年になりますように!

(福島市の実家で、TBS朝まで生テレビを見ながら書く)
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by mikttymama | 2012-01-01 04:09 | 考えること。 | Comments(2)

福島の小さなお料理教室CookingStudio I-e(イーエ)のうちごはん。


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