震災から1か月。アキティとhちゃんから。

3.11から、一か月がたちました。
未だ、余震と見えない放射能に怯える日々。
今日から小学校が始まりました。
帽子をかぶり、マスクをして登校する娘。
大分この生活に順応してきたように感じます。人間て強いなぁとも、思います。
避難所で生活する方のことを考えたら、こんなの何でもないとも思います。

大熊町、南相馬、双葉、浪江、富岡、川内村、広野町など、
そちらの市町村の住んでいる方は原発で家に帰れないかもしれない。
親の位牌だけは持ってきたかった。結婚式や子どものアルバムだけは・・・。
先が全く見えない、そういう心情で、今もまだ避難所生活を余儀なくされているわけで。
当事者でないと本当の気持ちなんてわかりませんが、
同じ福島県民としてそういう方がインタビューされていると、何だかすごく辛くなる。


暗いことばかりではないけれども。
いわきで桜が開花したそうです。
桜が咲いたという話題で、今までこれほど感激したことはないかもしれません。
早く福島県民の心にも、満開の桜が咲く日が来ますように。

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昨日はアキティが子供たちを連れて遊びにきてくれました。
彼女のご主人のご実家は飯舘村。牛がいて、大きな田畑があって、
いつもおいしいお米や、新鮮なお野菜を家族に届けてくれます。

アキティの娘さんはうちの上娘と同じ小学校の同級生。
hちゃんが、メッセージを書いてくれました。


郡山市在住  h.Sちゃん(小3)

今私が思っていること。
1つは、いいたてのおばあちゃんのお米が
早く食べられるようにいのってます。
2つは、福島のお野菜を「バリバリ」と食べたいです。

福島県、とうほく、日本、
みんなでがんばってください。」


■hちゃんはごはんもお野菜も大好き。
おばあちゃんやおじいちゃんが丹精こめて作った新鮮なお野菜を
小さいころから食べているからでしょう。
とっても味覚が鋭いので、私のおやつの試食係りとして
いつも的確な感想をくれます。

飯舘のおばあちゃんは、今年はお米を作れないそうです。
たばこの葉も作れません。お野菜も。
飯館村は環境放射能の数値が高いので、作付を制限されていること、
子どもや妊婦さんは避難してもうほとんどいないそうです。

hちゃんの願いが、早く叶いますように。


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アキティからもメッセージ。

hちゃんのママ アキティ(37)

ふくしま県民として14年目の春をむかえました

元気になろう!と思ってみたり、力になれないと泣いてみたり。
でも、大好きな福島で自分ができることをやろうと思います。

今まであたり前に食べていた地元の食材。
その幸せに今ごろ気づきました。

浜+中+会津=FUKUSHIMA」



■東京出身の彼女。ですが、誰よりも福島弁も上手だし(笑)
情報量もピカイチで、食べ物に関しての意識もとっても高い、
私にもたくさんのことを教えてくれる、姉のような人です。
家族のこと、子どものこと、仕事のこと、友達のこと。
全てにおいて精一杯努力している姿は本当に学ぶところが多い。
彼女は仕事柄会社を休むことができず、一時は子どもたちと離れて暮らしていました。
でも、こうしてこの場所へ戻ることを決め、家族皆で暮らしています。

さいたまの実家へ避難させるため
那須塩原行のタクシーに子どもたちだけ乗せて見送った後、
泣きながら我が家にきたあの姿を私は一生忘れることができません。
いつも気丈なこの人が、と。
今回の震災、原発の問題は彼女の価値観さえも大きく変えようとしています。
何が正しいのか、みんな迷いに迷っている。
親だから。未だに迷ってる。

こんなときでもバカ笑いできる仲間が、
こうして福島にひとりでも多くいてくれてよかったと、
心からそう思います。




「ありがとうふくしまプロジェクト」
仲間やブログを見てくださっている方たちの応援のお蔭で
少しずつですが形になってきました。
知らないところでも、動き出してくれていることがすっごい嬉しいし力になります。
規模が小さかったからこそフットワークも軽く動けたこと。
心を届けることは、誰にだってできるのかもしれないということ。
人の善意ほど、大きいエネルギーはないのだということ。
そしてこれは長く続けていかなくちゃいけないんだということ。
たくさんのことを考える毎日です。
ありがとう、みんな。




今日も遊びに来てくださってありがとうございます
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「ありがとうふくしまプロジェクト」
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そんなお手紙・メッセージを募集します。
農家さん、酪農家さん、漁師さんに応援メッセージを書こう!

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「飯舘村にしろ福島県内の田畑は冬のまま。
桃らしき花だけが例年通り花をつけていた。」

「飯舘村は静まりかえっていた。放射能がなければとってものどかでいい村…。
自転車をこいで山道を上り下りしている76才のおじさん。
「おれは大丈夫。若い人は心配だがな。食べ物は自分で作った野菜があるから大丈夫。」
おじさんが座っていた草を計ると15μsvを超えていた。」

「昨日、飯舘村で牛10数頭を見かけた。
母牛によりそう子牛がなんとも愛らしい。
干し草があるので飢えはしない。しかし大気は7μSV/h。土壌は15μsv/h。
このまま移動しなかったら殺処分となるのだろう。」


西牟田靖さん(twitter.com/nishimuta62)のツィートより引用。
1970年大阪府生まれ。ライター。
近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。
著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)http://amzn.to/cMyXwg、
『誰も国境を知らない』(2008)http://amzn.to/bQUyz6等

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by mikttymama | 2011-04-11 10:44

杜の都仙台+福島の小さなお料理教室CookingStudio I-e(イーエ)のうちごはん。


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