きずなつながる、までいな一日。
2011年 09月 21日
絆つながる「までいな1日。」
飯館村民が集える時間、場所、
そして飯館村を愛する人々が集う。
大好きなお友達の一人、SUNNY WRITER YOCOさんが
オープニングで和太鼓の音に合わせてライブで書いた、絆の文字。
書き終わったYOCOさんが、こう言った。
「福島のために書きたかったので、それだけで、嬉しいです。
すごい福島が大好きなので、
避難した人もいれば、避難していない人もいるし、
もちろん、避難したくてもできない人もいるし、
避難したくないのに、避難しなくちゃいけなかった人もいるし。
みんな、福島の元で、いる。
その、絆、つながるっていう言葉を書く機会を与えて頂いて
ありがとうございます。」
大好きなYOCOさんが、
私の生まれ育った大好きな松川町で、
絆、つながる、の文字を書いた。
そこには、までいな生活を営んできた、
あったかな飯舘村の人がたくさんいて。
おじいちゃんも、おばあちゃんも、大人も子どももみんな、
そこに流れる時間を同じ気持ちで楽しんでた。
そこには、福島そのものの姿があった。
YOCOさんが語った言葉は、風とロックの箭内さんの言葉で、
他に言いたいことはたくさんあったけど、これしか出てこなかったって。
みんな、おんなじきもちなんだなぁ。
そう、こんなところなんだよ、福島は。
福島は、やっぱりフクシマじゃない。
そう思った。
怒りをぶつけることはどうも苦手だ。
手を繫ぐことの方が、実は楽に進めるのかもしれない。
そんなことを教えてくれた、
までいな、までいな、一日だった。