おばあちゃんの梅干し。

母方の祖母が、1月9日PM9:50分、94歳でこの世を去りました。
お盆とお正月、2回。就職してからはほとんど会えなかったけど
認知症で施設へ入ってからは何度か顔を見にゆきました。
もっと会っておけばよかったな。おばあちゃんにとって初孫だった私、
あんなに可愛がってもらったのに。
一緒に暮らしていた従姉妹のYちゃんとMちゃんは尚更。
後悔してもはじまりませんが、100歳まで生きて欲しかった。

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喪主である叔父が、
挨拶で、おばあちゃんが漬けた梅干しの話をしていました。

毎朝おばあちゃんは、叔父のためにお茶を淹れる。
飲んでも飲まなくても、変わらずお茶を淹れ、そして自分の漬けた
自家製梅干しを出すんだそうです。
叔父が食べやすいよう、爪楊枝を刺し、叔父の取りやすい方向に向けて。

息子としては、そんな母親の愛情が、少々うざったい。
そして、「梅干しがしょっぱいから、もっと甘くつけろ。」
そんなことを言います。

次の年の梅干しは塩の比率を減らし、甘めに漬ける。
しかしながら塩が少ないとかびてしまうので、また次の年は塩辛い梅干しができる。
毎年、毎年、叔母は、そんなおばあちゃんの梅漬けを何も言わずに手伝いました。

おばあちゃんは、お茶と梅干しを変わらずに
朝、出勤する前の叔父に出し続けました。
施設に入ってからは、そのおばあちゃんの日課もなくなっていました。


おばあちゃんの遺品を整理していたら、茶封筒が出てきた。
その中には、たくさんの新聞の切り抜き。
何の切り抜きだったかと言えば、全部梅干しのレシピだったんだとか。
どうやったら叔父が納得いくような美味しい梅干しが漬けられるか、
一生懸命考えていたおばあちゃんの愛の歴史が、
その茶封筒には詰まっていました。
叔父は、涙をこらえながら、そのエピソードを教えてくれました。


母というものは、いつも家族が食べるもののことを考えています。
家族に何と言われようと、おいしいと食べてくれるまで試行錯誤を繰り返し、
そうして我が家のレシピが出来上がってゆきます。
お料理が得意な人も、苦手な人も、みーんな一緒。

母というものは、ごはんで家族へ愛情を日々伝えてくれる役割の人です。
私は、その当たり前のことを教えてもらった気がしました。
そして、食について危機的状況を迎えている今、
私は母として、もう一度しっかり考えなくてはと思いました。


大正・昭和・平成を生き抜き、戦争も体験したおばあちゃんの94年の歴史は、
私には想像もつかないほど大変なものだったと思いますが、
それでもその最期は家族に看取られ、穏やかな、穏やかな顔をして天国へ召されました。
幸せな、幸せな人生だったのではないかと思います。


おばあちゃん、母を産んでくれてありがとう。
おじいちゃんとおばあちゃんがいて、母がいて。
だから今、私がここにいます。
どんな時代になるのか想像がつかないけれど、
おばあちゃんにもらったこの大切な人生を
私なりに丁寧に生きてゆきたいと思いました。
それが、命をもらったおばあちゃんに対する、恩返しだと思って。

天国で、おじいちゃんと仲良くね。
今まで、本当にありがとう。
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by mikttymama | 2012-01-15 00:31 | 考えること。

杜の都仙台+福島の小さなお料理教室CookingStudio I-e(イーエ)のうちごはん。


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